歴史・沿革
1992年 〜 2003年
グローバル化、構造調整に際して、「選別と統合」にもとづいて「ナチビジネス」をすすめる
1992年 (平成4年) |
大幅赤字を計上し、経営再建へ エクセルシリーズ(ベアリング)を発売 |
株式市場低迷 不況が深刻化 |
1993年 (平成5年) |
本多正道社長(1993〜97年) デフレの深刻化、円高の進行のもとで、経営体制を改革 |
アジアの時代 |
1994年 (平成6年) |
組織機構をスリム・フラット化、人員面、資産・投資面で調整を実施 光洋精工と提携 |
リストラ 非自民連立政権 |
1995年 (平成7年) |
各事業部門・海外工場でISO9001を取得(1995〜97年) 生産関連会社を集約 |
阪神大震災 公定歩合0.5% |
1997年 (平成9年) |
国際化へ経営ビジョンを改訂する 欧米で事業を拡げる |
消費税5% アジア通貨危機 山一・北拓破綻 |
1998年 (平成10年) |
井村健輔社長(1998〜2008年) 創業70年でコーポレート・マークを改訂 ナチビジネスを展開 ナチ・テクノスクェアをつくる ナチ・トップディーラー会 |
戦後最大のマイナス成長 貸し渋り 自動車生産1千万台割れ ダイムラー・クライスラー |
1999年 (平成11年) |
「選別と統合」で構造転換へ新体制 8事業部門を3製造事業部に再編し、3支社制をとる TISCO(インド)へベアリング技術を供与 住友電気工業と工具分野で包括的な業務提携 |
EURO導入 企業の合従連衡すすむ ルノー・日産 銀行合同 グローバル化 |
2000年 (平成12年) |
海外の供給体制を拡充(タイ工場ほか) 大同特殊鋼と特殊鋼分野で提携 中期経営計画「ナチビジネス・プラン03」を発表 |
IT革命ブーム 連結決算へ |
2001年 (平成13年) |
調達体制を刷新する ブローチ、ハイス線材、ピストンポンプなど新工場を建設 ダイヘンとロボット分野で提携 ISO14001を取得 マイスター制度を導入 |
デフレ局面 米経済調整 小泉内閣 米同時テロ 狂牛病 中国WTOに加盟 |
2002年 (平成14年) |
営業戦略本部、開発本部を新設し、プロジェクト型経営を実践 歯車加工分野でGear Production Allianceを結成 Erastee(l フランス)とハイス分野で提携 持株会を拡充 職能給を実施 |
円安が進行 構造調整、空洞化すすむ EURO流通開始 米企業会計不信 企業不祥事が多発 |
2003年 (平成15年) |
創業75年 NACHI-BUSINESS GalaxyにQA Lab、Kohki Hall、開発オフィスを併設 超精密機械分野を機械工具事業に統合 上海汽車工業グループとベアリング事業で合弁 中期経営計画「ナチビジネスの展望2006」を策定 随時戦力採用へ |
イラク戦争 北朝鮮問題 SARS感染 企業災害とリスク管理 |